ワライフ認知症講座 第15回
加齢と認知症の違い
加齢による物忘れと認知症による物忘れをどうのように考えていけばよいのか、多くの方が迷われているのではないでしょうか。一見どちらも似ているように思われますが、それらは質が違うのです。
例えば、昨日の夕食が思い出せない、顔見知りの名前が出てこないなどはよくあることで、ヒントなどがあれば思い出すことができ、もともと忘れていること自体を自覚しているところが認知症による物忘れとは違うのです。
認知症による物忘れは記憶障害が出現するため、昨日の夕食を食べたこと自体を忘れてしまったり、顔見知りであるにもかかわらず、いくらヒントを出しても忘れてしまっている状態なのです。しかし、初期の認知症の場合、自分が忘れっぽくなっていると不安を抱いていることがあるので注意が必要です。
物忘れが進行しているか
加齢による物忘れと、認知症による物忘れで明らかに違うのは、進行しているかです。年を重ねるごとにだれでも少なからず物忘れはあるのです。日常的な食事の例を挙げても、ラーメンを食べた翌日に「醤油、みそ、塩」・・・どの種類を食べたかを忘れていてもヒントなどで思い出せればよいのですが、ラーメン屋さんに行ったこと自体を覚えていなければ認知症が疑われ、日にちなどの些細な物忘れはあったとしても、月や季節の基本的な情報の感覚がなければそれは認知症のサインのひとつになるでしょう。
老化による物忘れの場合、若干の物忘れがあっても、基本的な判断力や思考力に影響はなく、時間や場所の感覚はしっかりと残っていることが多いのです。
しかし、認知症の場合、それらが些細な物忘れであっても、それが症状として進行していきます。それは人の名前や日常の記憶にとどまらず、長年にわたって蓄積られてきた一般常識なども失ってしまうことになり、季節感や時間の感覚など、日常生活に支障をきたすことが特徴と言われています。ただの加齢に伴う物忘れであれば、あまり進行せずに、日常生活に支障をきたすことはないでしょう。
近年よく耳にする認知症の一つに意味性認知症という病気があります。加齢では起こりえない症状が出現するのです。例えば、鉛筆を見せて、「これは何ですか」と尋ねたときに、鉛筆の意味が分からずに「これは何ですか?」とオウム返し(反響言語)をする特徴が意味性認知症にはあるのです。これらは加齢による物忘れでは起こりえないので、認知症であると疑われます。
また加齢による物忘れなのか認知症なのかが分からないが、家族が不安を感じて受診した場合、現在の診断基準は満たしていないが、その約8割が認知症であるというデータもあるのです。長い年月を共に暮らしてきた家族が何か違う、些細なことでも違和感があれば、やはり認知症が疑われます。心配で受診した結果、認知症ではないと言われても安心はできません。その後も定期的に検査をして行くことが重要だということになります。
予備能力とは
正常な認知加齢と認知症の違いは「量的変化」と「質的変化」だと言われています。それは記憶容量が減少するのが加齢で、今までできていたことができない、性格が変わるのが認知症であるということです。
人には予備能力があると言われています。生前の認知機能と死後の病理組織が必ずしも一致しないということがあり、生前に認知症と診断されていなかった高齢者の40%が病理学的には認知症であったという報告もあるのです。その予備能力を高めていた要因として、言語能力、教育歴、仕事の内容、社会活動への積極的参加などが関係していると言われています。改訂長谷川式スケールのスコアが高く、脳萎縮も強い高齢者が、病理的(脳萎縮度)には様々な認知症の症状が出現していてもおかしくない萎縮状態であるにもかかわらず、日常生活において支障がない方がいるのです。しかし、体調不良などのアクシデントがきっかけで坂道を転がり落ちるように認知症が悪化するケースもあり、専門医によれば、「この状態で今までよく頑張ってきたと」と言われます。
このことから画像検査のみで診断や治療を受けることが決して良いことではないといえるでしょう。画像がこうだから重症ですとか、画像が正常だから問題はありませんという判断は危険であるといえます。脳萎縮が強くても日常生活に支障がない方、脳萎縮が軽度でも様々な認知症の症状がある方がいるのです。
予備能力とは、萎縮が強くても残された能力・機能で日常生活を過ごすことができることだと思います。それらを高めることが、予防として必要でしょう。
画像検査の落とし穴
認知症の疑いがある方が病院を受診したときに受ける検査には、問診、知能検査、画像検査(CT、MRI、PET、SPECT)などがあります。
多くの方は、画像検査で認知症の有無や種類が分かると思っているのですが実は違うのです。認知症で一番多いとされているアルツハイマー型認知症は、脳の海馬から萎縮することで有名ですが、実際に知能検査である改訂長谷川式スケールの得点と海馬の萎縮度合いに相違があると報告されており、海馬の萎縮が軽いアルツハイマー型認知症の方がおられることは広く知られているのです。多くの医学書などでは、アルツハイマー型認知症は海馬の萎縮から始まると書かれていますがそれを鵜呑みにすることには注意が必要です。名古屋フォレストクリニックの河野医師は、もし知能検査でアルツハイマー型認知症の兆候があり、画像検査で海馬の萎縮が見られなかった場合は、「海馬の萎縮が軽いアルツハイマー型認知症」と診断して治療を開始していく必要があると言われています。
病院を受診する家族は大きな不安を抱えているので、画像検査だけで判断されることには注意が必要です。先ほど述べたように、画像検査では萎縮が認められたが、日常生活において支障がない場合は認知症とせずに臨床的判断をおこなうことが現在ではスタンダードになっているのです。
また、画像診断だけで簡単に判断できない理由の一つが、混合型認知症の存在があるからだと言われています。混合型認知症はアルツハイマー型認知症と脳血管性認知症が合併したもので、MRIなどの画像診断に頼りすぎるとアルツハイマー型認知症を見落としてしまうことがあると言われています。ですから脳血管性認知症と診断されている混合型認知症の方はけっこう多いとも言われています。