【連載もの】介護制度について考える 第7回(平成25年春号掲載)
ホームヘルパー利用へのハードル 愛知大学 地域政策学部 教授 西村正広氏
■再び父は1人暮らしに
脳梗塞による入院を終えて自宅へ戻ったのも束の間、母は糖尿病のために再入院しました。要介護1の父は再び1人暮らしです。12月の初旬、雪が街を覆い始める季節になってい
ました。
前回母が入院した時とは違い、今回は介護保険のサービスを使って父の1人暮らしを支え
ることができます。そこでホームヘルパーの利用を検討することにしました。毎日ヘルパーさんに来てもらうのが望ましいのですが、父は「自分で全部できるか らそんな人は必要ない」と主張しました。認知症の父は、1人で日々暮らすために何が必要で、自分では何ができるのかといったことを思い描いて総合的に判断 するだけの思考力はありません。本人は「自分で全部できる」と思っていても、実際には困難だと予想されます。だからといって、本人の意向を無視してヘル パーさんを押し付けることもできません。
■ヘルパー週2回、から始めてみる
ヘルパーさんが毎日必要じゃないなら週に数回来てもらって掃除と洗濯だけでも頼んではどうかと父に提案してみました。案の定、承知しません。掃除も洗濯も自分でやると言
います。掃除機や、洗濯機の扱いも分からないのに「できる」の1点張りです。そこで、母が退院してきたら不自由な体で家事をこなすのは大変なのでヘルパー さんに来てもらおうと提案すると、それには同意しました。だったら早めにお願いして、うちの家事に慣れてもらおうと畳み掛けるとなんとか納得してもらえま した。自分のためのヘルパーは必要ないが、母のためならOKというわけです。
なにはともあれヘルパーさんがやって来ることへの合意を取り付けたので早速ヘルパーさんの訪問を週2回から始めることにしました。
■最初の訪間
初めてヘルパーさんが訪問した日、私は名古屋で固唾を飲んで報告の電話を待っていました。やがて訪問したヘルパーさんから連絡があり、まずは初回訪問を受 け入れてもらったとのこと。ああ良かった…と思ったものの、よくよく聞いてみると、父はヘルパーさんが訪問することをきれいに忘れていたそうです。玄関先 で改めて訪問する理由を告げたところ「そういえばそんなことを聞いていたなあ」と中に入れてくれたそうです。ヘルパーさんはうまく父との会話を進めなが ら、最小限の掃除程度だけやって次の訪問日を大きく紙に書いて居間のテーブルの上において帰っ
てきたとのこと。とりあえず強い拒否は無かったようなのでホッと胸を撫で下ろしました。
■他人に委ねる生活スタイルへ
これを糸口に「介護サービスに頼る」生活に慣れてもらえると良いのになあ、と思いました。昭和ヒトケタ生まれの父の世代よりも前の世代までは、老後の暮ら しや身の回りの世話を他人様(ひとさま)に委ねるという生活スタイルはありませんでした。人は自分が生きてきた経験や体験を元に生活スタイルを築くもので す。祖先から引き継がれてきた「老後の世話は身内がする」というスタイルから「老後の世話を他人様に委ねる」というスタイルへ大きく転換する最初の世代が 父ら昭和ヒトケタとも言えるわけです。
「自分でできるからそんな人は必要ない」とヘルパーさんを拒む父の気持ち。それは父のみならず戦時から高度成長期の日本を支えた世代に共通する思いです。 その世代の価値観を尊重しながら、しかし必要な介護サービスの受け入れに向けて気持ちを軟着陸させてもらう配慮が、介護専門職にも家族にも求められている ように思います。
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西村正広氏略歴:日本福祉大学大学院修了
社会保険中京病院
ソーシャルワーカーなどを経て現職
専門:社会保障