上顎がん
上顎がんとは
上顎とは、顔の中心、上顎から眼窩までの鼻腔の全体を指します。鼻腔の中は鼻中隔で左右に別れていて、左右の鼻腔は外側にある三つのひだで複雑なトンネル状になっています。その外側に左右四つずつ空洞があり、これを副鼻腔といいます。上顎洞は副鼻腔のなかで最大の空洞で鼻腔の外下方に位置し、この上顎洞に発生した悪性腫瘍を上顎がんと呼びます。
上顎がんの発生頻度は、胃がんや肺がんなどと比べるとかなり少なく、がんの統計ではその他の部類に入れられる事の多いがんです。そのため上顎がんを対象にした検診はなく、一般の方の関心も薄いようです。
発生頻度の多い肺がん、胃がん、乳がんなどは早期発見のための検診が行われており、一定の成果が上がっています。しかし上顎がんにはそのような検診もなく、多くのがんと同じように自覚症状もないために発見されたときには進行がんである場合が多いです。
上顎がんの自覚症状は、上顎洞内に限局している状態ではないことが多いのですが、がんが大きくなって骨壁を破壊したり、周囲の組織を圧迫しはじめると、様々な自覚症状が現れます。このため自覚症状があって見つかったときは、進んだがんの状態です。
上顎がんの診断は、腫瘍から組織をとって生検を行うことによってがんの診断を行います。ただし内視鏡などによって見える範囲は限られているため腫瘍の広がりや、病期診断などはCTやMRI検査などの画像診断を行います。ただし上顎は空洞が多く、歯の治療や、歯科用インプラントなどの金属が正確な診断を妨げています。対してPET検査では、使用する放射線のエネルギーが高く、口の周りの金属の影響は受けにくいです。さらにリンパ節転移や、全身の転移を一度の検査で診断が出来るので、最近はPETが良く用いられています。
症例一
一昨年の10月、左の鼻がふさがるような感じがしてきて、同時に鼻出血が続くようになり翌年の7月に近くの総合病院の耳鼻科を受診しました。そこでは、がんが疑われるとのことで、さらに大きな総合病院の耳鼻科を紹介されました。紹介された病院では、すぐに頭頚部CTを行い、左上顎洞に粘膜肥厚が見られ、造影検査にて腫瘍全体が造影されました(図1赤矢印)。続いてMRI検査も行ったところCTと同様の結果でした(図2赤矢印)。すぐに生検を行い、扁平上皮癌でした。CT、MRI検査では転移診断が出来なかったため、PET検査の依頼を受けました。PET検査では、左上顎洞を充満し、左鼻腔および篩骨洞に進展した粘膜肥厚に一致して、FDGの高集積が見られ、原発の上顎がんと診断しました(図3赤矢印)。また、軽度に腫大した左顎下リンパ節と、左上頚静脈リンパ節にもFDGが集積し、リンパ節転移と診断しました(図3黄矢印)。このリンパ節転移はCTでは造影効果は低く、転移診断は出来ませんでした。MRIでは範囲を限定した検査となるために、このリンパ節の部分は含まれていませんでした。PET検査は全身の検査を行うため、原発のがんだけではなく、全身の転移が診断できます。
症例二
この方は7~8年前より鼻が詰まる自覚症状のあった方です。もともと副鼻腔炎があり、度々鼻が詰まっていたので、副鼻腔炎だろうとの自己判断でほうっておいたのです。しかし、鼻血が出るようになり、最初はなかった痛みが、だんだんとひどくなるに及んで、近くの病院を受診しました。そうしたら、すぐに総合病院の耳鼻科に行くように言われ、受診しました。そこでもすぐに鼻の中から組織をとられ検査したところがんとの診断でした。
それからCTなどの検査を行いました。上顎がんはめったに頚から下へ転移することはありませんが、肺に多数の結節影が見られ、肺転移が疑われたためPET検査を行うことにしました。
PET検査で鼻の中全体を占める大きな腫瘍が図4、図5の赤矢印で示しています。また頚の右側にリンパ節転移があります。またCT検査で見られた結節影に一致してFDGの集積を認め、肺の多発転移であることが解ります。
自覚症状があってもがんとは思わず長年放置していた結果が、遠隔転移にまで発展してしまいました。
症例三
最後の例は、治療と再発を繰り返している方です。最初の治療は放射線と化学療法を組み合わせた治療でした。半年後に再発して、拡大上顎全摘術を施行しました。この時、がんは左眼窩内にも浸潤していたために、左眼も摘出することになりました。その後再再発して放射線治療をすることになりましたが、転移の広がりがCT/MRIでは診断できませんでした。
造影CT・造影MRIでは矢印Aで示す左眼窩深部~左鼻腔外側が造影され、再発していることがわかります。しかし矢印Bで示す鼻背右外縁~右上顎骨鼻側端部はCT・MRIでは指摘は難しく、矢印Cの部分は歯の金属により診断が出来なくなっています。
まとめ
上顎がんは自覚症状が副鼻腔炎と同じで、発見が遅れることが多いがんです。また構造が複雑でCT・MRIでは診断が付きにくい場合もあります。特に治療後は構造が変わっているために、なお診断しにくくなります。PETではそれらの影響を受けないために的確な診断が可能です。
上顎がんは顔に出来るがんです。治療を行う場合、顔の形が変わったり、場合によっては眼球を取らなければならない場合もあります。また臭覚や味覚が失われることが多く、早期発見と早期治療がその後の生活に大きく影響します。