日本の介護・医療の現場 シリーズ①「日本の終末期医療」
かつて、延命治療の中止は、医師と家族の間の「あうんの呼吸」で行われていました。しかし、H18年の富山県の射水市民病院で、独断で呼吸器を外した医師が捜査対象となった事件が大きなきっかけとなり、治療中止が殺人罪に問われかねないという不安が医療現場に広がりました。
ガイドラインの策定 日本救急医学会(H19)
しかし、日本救急医学会はH19年10月15日、救急医療の現場で、回復の見込みのない患者の延命治療を中止できる基準を盛り込んだ初のガイドライン(指針)を策定し、終末期を脳死などと定義し、人工呼吸器の取り外しなど治療中止の方法が明記されました。刑事訴追を心配する現場の声を受け「患者の事前の意思表示や家族の同意などの条件の下で、指針に従えば法的にとがめられるはずはない」との考えを示しました。指針は終末期を「脳死と診断された場合や、治療を続けても数時間から数日以内の死亡が予測される場合」などと定義。患者が終末期かどうかは、主治医を含む複数の医師が客観的に判断すべきだと規定しました。終末期と判断された場合は、医師が家族に病状を説明し、家族が積極的な治療の継続を望めばこれに従う一方で、本人の事前の意思表示や家族の同意があれば、家族が認める範囲で延命治療を中止するとしました。家族が判断できない場合は、家族の納得を前提に医療チームが判断します。家族に連絡がつかない場合も、医療チームや病院内の倫理委員会が判断し、中止を判断する過程を、診療録に記載することも義務付けました。治療中止法として、
1)人工呼吸器、ペースメーカー、人工心肺などを、原則として家族の立ち会いの下で中止または外す。
2)人工透析などの治療を行わない。
3)人工呼吸器の設定や昇圧剤の投与量などを変える。
などを挙げ、これらの中から選択することにしました。一方で薬物の過量投与や筋弛緩(しかん)剤投与などで、死期を早めることは認めてはいません。こうした呼吸器外しを容認する指針は、学会レベルでは日本で初めての事です。学会が救急医療現場の混乱を回避するため、独自に指針を策定した意義は大きいと思われます。
高齢者の看取り 患者の意思と家族の意向を大切に
また、近年、高齢者の看取りについても、様々な発表や研修会が開催されるようになりました。終末期医療について、患者本人に「希望する診療内容」を書面で示してもらい、容体急変時の対応をあらかじめ家族に伝えていた場合には、診療報酬を手厚くすることも検討されています。患者の意思を確認したうえで、医療費を押し上げている延命治療を減らすことを意図したものとみられますが、無意味に行われていた延命治療に対し、疑問の声が大きくなっていたのも事実です。その一方で、医療費を抑制しようという政策誘導により、必要な医療まで差し控えてしまうのではないかという患者側の疑念も問題になってくることでしょう。今後は、患者の意思を第一に尊重し、家族の意向を大切にしながら、チームカンファレンスを行いながら、終末期医療を行っていく必要があります。
「知的・文化的成果を還元した医療」 日本老年医学会
2001年には、日本老年医学会は「高齢者の終末期の医療およびケア」に関する日本老年医学会の立場表明を発表しました。日本の高齢者を取り巻く終末期の医療、およびケアに関する現状や問題点に対して学術団体としての倫理的立場を明らかにしたものです。その基本的立場として以下のように述べています。
【わが国に生活するすべての人は人生の最終局面である「死」を迎える際に、個々の価値観や思想・信仰を十分に尊重した最善の医療を受ける権利を有する。最善の医療とは、単に医学的な知識・技術のみでなく他の自然科学や人文・社会科学を含めたこの国のすべての知的・文化的成果を還元した医療であると思われる】
人が寿命を全うする時、良い看取りであったと家族も医療従事者も感じられるようなシステム作りを現場で働く我々こそが考えていかなくてはなりません。
加藤 仁 氏
生年月日:S22年(1947)3月3日
ユニオン・ホールディングス株式会社・代表取締役・社長
特定医療法人・共和会・最高顧問
社団医療法人・大仲会・理事長
愛知県医療法人協会・参事
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