【医療】早期に見つければ認知症は防げる、治せる(平成25年初夏号掲載)
早期に見つければ認知症は防げる、治せる
このたび、縁あって、ワライフ誌の原稿を依頼されました。ワライフとは、「笑いのある生活」という意味から取られたようです。実は、私たちの認知症の診療でも「笑い」は非常に重要な意味があります。
あるお年寄りが外来診療の門をたたきます。私は目の前に座ったお年寄りを見て、挨拶をし、愉快な話し掛けをして、その反応としての笑顔をみるのです。笑顔 の出てこないお年寄りは平生、家庭内で、楽しい話題のない、腹から笑うことのない、暗い暮らしをしているものです。団欒のない家庭で起こるのが認知症なの です。
だから、もちろん、その家族にも問題があるのです。
また、早期に認知症の治療を開始し、効果が出てくると決まって、お年寄りに笑顔が出てきます。
私達はこの20年余、認知症をなるべく早期に見つけて、脳リハビリを主力にした早期治療で治してきました。現時点ではそれは一応、達成できるようになりま した。つまり、早期の軽度、中度の時期に見つけると、大部分の方で脳機能を6〜9割方改善させ、それを4〜5年も維持することが可能になりました。10年 以上も維持できている人も少なくありません。
しかし、もっと長い目で見れば、その前に認知症予備群の時期が4〜5年もそれ以上もあったのです。
人生を仕事一辺倒で生きてきた人は趣味も遊びも交友も軽視して、淋しい人生を送ってきています。私がいつも強調しているように、高齢者の認知症の9割以上 は「心の生活習慣病」だったのです。だから、一旦、定年になると、音楽もゲームもスポーツも仲間と楽しむこともできず、出不精な生き方に陥るのです。それ が4〜5年も続くと、(その時期はまだ、脳機能は一応、保たれています)いよいよ、脳機能が落ち始めて、その後、数年のうちに、軽度、中度と進み、重度へ 転落してしまいます。一旦、重度に落ちると、もはや回復は望めなくなります。
この予備軍をいち早く見つけ、または自己診断法で判別してもらい、生活改善と脳活性化で認知症の発症を防ぐことは可能なのです。この時期なら回復率が良い のはもちろん、手間も費用もかからない点で最良の方策と考えられるのです。(拙著:医療解説書「ボケない『いきいき脳』を取り戻せ」2010年 保健同人 社 を参照されたい)
欧米では「仕事をしている時間は死んでいる時間だ。」と言います。メシの糧を稼ぐために仕事はしなければいけませんが、仕事は心から感動して、笑い声を立 てながらやる時間とは違います。夕方まで仕事を続けると、目が死んでくるのはそのためです。仕事の後に「生き甲斐」があるべきなのです。
職業に関係なく、自然を愛し、人を愛し、仲間と山に登って声を合わせてコーラスを歌い、スポーツに汗を流し、ゲームに親しむ。音楽、絵画、詩歌、スポーツ に親しまなくて、なんの人生ぞ、というのが世界の常識なのです。趣味・生き甲斐のない人は当然ながら、人生を通じての心の友ができませんし、配偶者からも 子供たちからも敬愛されません。
大切なのは「認知症は家族の病気でもある」ということです。家族とは社会の最小単位です。家族の中に団欒のある暖かい雰囲気を作れない人は当然、社会から も疎まれます。子供たちとじゃれ合って遊び、プロレスごっこをしたり、キャッチボールをしたり、将棋をしたりして遊べない人。また、その家庭に育った子供 たちは揃って、感性の乏しい、心の冷たい人間に成長しがちです。
認知症は人生の総決算として、引退後に出てくるものです。どんな人が定年早々でボケるかは40才までには明々白々に分かってきます。
認知症の治療の本体はライフスタイルを是正して、「生き甲斐」を見つけてあげる「脳リハビリ」です。投薬はあくまで、補助的で、意欲をあげる薬の効果を利用して、脳リハビリの効果をもっとあげるのです。
私たちは認知症のお年寄りの脳活性化訓練(脳リハビリ)とともに、配偶者、子供たち、孫たちの感性教育も平行して行ってきました。特に若い人たちにゲーム の遊び方、歌の楽しみ方を教えなければ、せっかくお年寄りがデイサービスで良くなっても、家庭に戻ってから、また悪化してしまうからです。今では中度レベ ルから回復して10年以上も元気にしているお年寄りがたくさんいますが、それは子供たちが協力的で、暖かい家庭に限られています。
老人性認知症は突然起こるのではなく、軽度から中度、重度へと2~3年の間に進んでいきます。この軽度レベルから中度レベルの段階で見つけて手を打つと、なんとか回復させることができます。
その簡単な目安として、軽度レベルは社会活動に問題の起こりはじめる段階です。まず、覇気・意欲がなくなり、トボトボと歩くようになります。目の光りが鈍 くなり、なにに対しても感動しなくなり、自発的に計画して外出しなくなります。仕事ものろくなり、機転もきかなくなって、老人会での集金などもうまくでき なくなります。一人前の社会人としては認められなくなるレベルです。
中度レベルになると、その支障が家庭活動にまで及ぶため、炊事も洗濯も庭の手入れもまともにできなくなります。
重度レベルまで進むと、「今が何月か?」が答えられなくなります。自分の身の回りのこと(セルフケア)ができず、着替え、トイレ、食事もうまくできなくなります。
重度の段階に陥る前に、できるだけ早く、生活改善といった前述の認知症治療を開始すれば回復は充分可能です。
このような私達の理論に基づいて認知症予防を実践しているのが、奥浜名湖に施設を開いて5年になる有料老人ホーム『ウェルネス浜名湖』(代表取締役 清水 孝俊 氏)です。全国から入居してこられた約60名の方たちに、家庭的団欒を提供し、楽しい会話と毎日の散歩、ゲーム、歌などを皆さんで楽しんでもらっていま す。その成果として、定期的な脳機能測定で、ほとんどの方がかくしゃくレベルを維持しておられます。特に90才以上の8人の方が皆さんの代表的モデルのよ うに頑張っておられますよ。
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プロフィール
金子満雄 氏
昭和 9年10月長崎県生まれ。昭和34年に長崎大学医学部卒業。その後、ケニアへ低開発国医療援助のため出向し、米国のジョ-ジタウン大学医学部脳神経外科へ も勤務。昭和48年、浜松医療センター開設に参画。脳外科部長。平成16年4月には金子クリニック / 浜松早期認知症研究所を開設。平成17年~22年、日本早期認知症学会理事長を務め、平成23年に同顧問となる。
■「ボケない『いきいき脳』を取り戻せ」2010年(保健同人社)
■「ボケない脳の作り方」2011年(海竜社)
■「医者は、ボケないためにこんなことをやっている」
2012年(海竜社)ほか著書多数
趣味は、ヴァイオリン演奏(浜松楽友会オ-ケストラ会長)、囲碁・将棋、ゴルフ、花の写真撮影、詩・絵画の鑑賞など。